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【彩能採集】俳優・永田祐己さんインタビュー/Vol.1

 様々なフィールドで活躍しているあの人を、根掘り葉掘るインタビューコーナー【彩能採集(さいのうさいしゅう)】。
 今回は、名古屋を拠点に活躍する俳優・永田祐己さんの登場です。
 


――始めまして!「ICING.」のインタビューにご協力いただきまして、ありがとうございます。まずは読者の皆様に自己紹介をお願いします。

‣ 永田さん初めまして。永田 祐己と申します。名古屋で舞台を中心に役者活動をしております。28歳です。よろしくお願いします。
 

――よろしくお願いします。
では、まずはベタな質問から…(笑)永田さんが俳優を志したキッカケについて教えてください。

‣ 永田さん/キッカケは…。小学校5年生くらいのときに、漠然とテレビに出る人になりたいと思っていて。というのも、母方の親戚が栃木にいて、小さいころ電話がよくかかってきて「元気か?」とよく聞かれていたんです。
 それに対して、子供ながらに「自分は元気なのに、何で分からないのかな?電話越しで元気と言わなければ、分からないのかな…?」と子供ながらに不思議に思って。
 それで、そのときに「テレビに出る人になればいいんだ!」と考えたんです。そこから漠然とテレビに出る人になりたいと思って…。
 ただ、(明確に)俳優になろうと思ったのは24歳のときです。

 高校生になって音楽に出会って、18歳~22歳くらいまでバンド活動をしていました。自分たちで曲を作って、時には大人の人の意見も聞いて、ツアーを組んだりして。
 それなりに大きなバンドだったんですけど、結局バンドが解散してしまって、その後名古屋でフリーターをしていたのですが、ふと見た、山田孝之さんが出演されている『クローズZERO』という映画を見たときに、山田 孝之さんのお芝居に衝撃を受けて…。

 僕は『ちゅらさん』や『ウォーターボーイズ』や『電車男』など、山田さんに対して〝爽やかな青年〟というイメージを持っていたので、『クローズZERO』でまるっと違うイメージを演じられていて「なんだこの人!」と思って。
 それから、ワァー!っと山田さんが出演されている作品を見てみたら、すごく面白くて。そこで初めて〝役者という職業〟を認識して、何にでもなれるところがカッコいいと思い、役者という職業に憧れて、24歳のときに役者の世界に飛び込みました。
 

――「テレビに出たい」というところから、役者という仕事を認識するまでには、結構時間が…。

‣ 永田さん/かなりありました…!
 

――筆者はこれまで、いろんな人に〝この仕事を始めたキッカケ〟についてお伺いをしてきたのですが、「電話で生存確認をされたころがキッカケ」というのは初めてで…(笑)

‣ 永田さん/はい(笑)。「元気か?」っていうアレですよね(笑)それがキッカケです。本当に。漠然とですけど。
 

――そのような切り口が初めてなので、ビックリ…(笑)

‣ 永田さん/皆様どんな感じなんですか?
 

――んー…。単純に「ああなりたい」とか、何となく憧れてオーディションを受けて~みたいな感じか…
あとはたまに、お金を稼ぎたいとか、親御さんを助けたいという気持ちで芸能界に入った…という方もいらっしゃいました。

‣ 永田さん/実は小学生の頃。新聞に載っていた『劇団員募集』という広告を見て、それに自分で勝手に応募しまして。
 子役というか、小さい子ってだいたい受かるんですよ。で、自分も『最終審査に来てください』という案内が来たんですけど、それは保護者と一緒に行かなくてはいけないから、そこで初めて 親にオーディションを受けていたことを言ったんです。
 親は「あんたなんか受かるはずがない。」とか言っていたのですが、受かってしまって。

 でも、事務所さんによって様々ですけど、入所金とか結構かかっちゃうところで…。そのときに「あなたが、自分のやりたいことを自分でできるようになる歳になったときに、やりたいのであればやりなさい」という話をしました。
で、24歳のときにやりたいと思って…。